高畑充希の青春時代の後悔
今活躍の高畑充希さんも昔はいろいろあったということがテレビ番組で分かりました。
校則って本当に意味が分からない。
校則に縛られるのがいやだった高畑はなんとそのまま校舎の1階から3階まで逃げたりした。
高校になるとミュージカル多忙だったことから学校でほぼ一日居眠り。
気付いたときは放課後だったとか。
石原前知事と番組で共演した時は緊張のあまり何も言えなかった。
出る会を間違えたと思ったことが何度もあるとか。
高畑さんの芸能人になるまでというと、
会社経営の父と母、祖父母の五人家族の一人っ子として育ち、舞台鑑賞が好きな両親の影響を受けて小学生の頃より舞台女優を志ざしました。幼い頃から『オペラ座の怪人』や蜷川幸雄作品に親しみ、同級生がアイドルやJポップの歌を聴く中、『レ・ミゼラブル』などのミュージカルのサントラを好んで聴いていました。小学校から中学校までの間に舞台や芸能事務所のオーディションを十数回も受けて全て落ちていたというからその努力は並大抵ではなかったのでしょう。数々のオーディションを受ける一方で、受からなかった時には早稲田大学の演劇研究会に入ろうと、小学校低学年から塾に通って猛勉強し、中高一貫の進学校である私立四天王寺中学校へと進んだのです。
こういう人たちってやっぱりやり遂げる力があるのですね。